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 投稿者:1  投稿日:2011年 5月23日(月)05時33分21秒
  「『適切でない』と申し上げた」~”子どもにも20mSv/年”問題と放射線防護学の基礎
2011年05月01日

「先生が、子どもの場合も、年間の許容被曝量が20mSvとすることが適切と考えられる理由を伺いたいのですが…」
 4月28日の午後、私は前夜の記者会見で、廣瀬研吉内閣府参与(原子力安全委員会担当)から、この値を支持した人の1人として名前が挙がった本間俊充氏((独)日本原子力研究開発機構安全研究センター研究主席・放射線防護学)に確認の電話を入れてみた。すると、本間氏の答えは意外なものだった。
「私は(緊急事態応急対策調査委員として)原子力安全委員会に詰めていたんですが、(子どもについても)20mSv/年が適切か、ということに関しては、私は『適切でない』と申し上げたんです」
 記者会見で安全委員会は、5人の原子力安全委員の他に、2人の専門家の意見を聞き、全員が20mSv/年を「適切」と判断した、と説明していた。ところが、その専門家である本間氏はまったく逆の意見を述べていた、というのだ。
 本間氏は、いきなりの電話だったにもかかわらず、国際放射線防護委員会(ICRP)が2007年勧告の中で初めて打ち出した「参考レベル」という概念や、東電福島第一原発の事故によって放射能汚染の被害を受けている地域の人たちの防護について、1時間半にわたって説明してくれた。さらに、後日30分ほど、私の質問に答えて丁寧な補足説明があった。
 私自身の頭を整理するうえで、2回にわたる本間氏の話をメモを元に、まとめてみる。文責はあくまで江川にある。私の理解不足や誤解により、間違いや不適切な記述があれば、お気づきの方はツイッター @amneris84 などで、ぜひご指摘いただきたい。

          ――*――*――*――*――*――


 ICRPの07勧告で使われている「参考レベル」というのは新しい概念で、実は専門家でも分かっていない人が多いのです。そこでは、人が受ける放射線の状況を
(1)緊急時被曝状況
(2)現存被曝状況
(3)計画的被曝状況
の3つに分けています。(3)は平常時に、放射性物質を管理することで、一般の人の被曝量を1mSv以下になるようにしています。
 不幸にして事故が起きてしまった時には、(1)緊急時被曝状況では20~100mSv/年、(2)事故の場所とは少し離れた地域など、汚染された状況の中で人々が生活しなければならない現存被曝状況では1~20mSvを参考レベルとして、この範囲の中でできるだけ「防護の最適化」、つまりできるだけ被曝を制限するように努めなさいと言っています。
 まずは、それぞれの上限を超える被曝をすることになりそうな人を、この範囲に収めるようにする。そのうえで、この範囲でできるだけ低い被曝ですむような対策をすることが求められます。
 ただ、日本では放射線審議会がまだICRPの07年勧告を受け入れる答申をしていません。ですから、今の段階では、この参考レベルはガイダンス、法的な強制力のない基準にすぎません。
 今回の災害で、緊急時被曝状況にある地域では、まだプラントが不安定なこともあり、そこにいる人たちの被曝をできるだけ制限するために、飯舘村などで計画的避難区域が設定されました。
 それより離れた福島市や郡山市も、すでに汚染ができてしまった中で人々が生活をする、つまり現存被曝状況にあるといえます。
 ここで難しいのは、平常時は「公衆は1mSv/年が限度」と言われているので、一般の人には1mSvが安全と不安全の境と思われている、ということです。
 食べ物の出荷制限などでも、ずいぶん問題になりましたが、放射線の場合、「ここからは安全」という線引きはとても難しいのです。我々放射線防護の観点では、100mSvを超えなければ「確定的影響」はないが、それ以下でも「確率的影響」はあると考えます。そして、浴びる放射線量は少ないほどいい、というのが前提です。
(1)「確定的影響」というのは、大量の放射線を浴びてしまい、体の組織に対してすぐに影響が出ることで、深刻な場合は死に至ります。
(2)「確率的影響」というのは、すぐに身体に影響は出ないけれども、その後何年かして一定の確率でガンを発症する場合などを指します。では、どれくらいの量だったら影響が出るか、という点については、人によって意見が分かれています。50mSvだという人もいれば、200mSvだという人もいる。
 同じ量の放射線でも、広島や長崎のように一瞬で浴びた場合と、低い線量で長期にわたって浴びた場合では、影響は異なります。人間には回復能力がありますから、低い線量で長期に浴びた方が、いっぺんに浴びた場合に比べ、その確率的影響は1/2~1/10くらい頻度が低くなる、とされています。
 そうは言っても、平時の「1mSvが限度」という概念から比べると、20mSv/年という数値はとても高い。びっくりするのは当然です。
 私は、福島の学校の子どもたちについて意見をもとめられた時、現存被曝状況を適用して、被曝をできるだけ低くしなければならない、と申し上げました。20mSv/年というのは、飯舘村の計画的避難が決められた時に用いられました。これを越す可能性がある人たちは避難をしなさいということです。「それと同じ値を、学校を再開するために、子どもに適用することは反対です」と申し上げました。
 ICRPは、大人も子どもも一緒でいい、などとは言っていません。確かに外部被曝の影響は大人も子どももあまり違いは出ていませんが、やはり子どもは感受性が高く、より守らなければならない。他に、妊婦などの感受性を考えなければならない人たちがいます。
 今は、日本人の3分の1がガンで死にます。ガンを発症する理由はいろいろで、多くは何が原因か分からない。私のような年だと、多少放射線を浴びても、それが原因でガンを引き起こす前に、別の理由でガンになって死ぬでしょう。でも、子どもは余命が長い(ので、その間に影響が出る可能性は年長者より高い)。だから、子どもに関しては特にケアしていくべきです。
 なので、まずはモニタリングをきちっとやっていきなさい、と申し上げた。それも学校の1カ所だけで測るのではなく、「校庭も校舎の中もまんべんなく測りなさい」と。それを夏までに環境を変えるための資料にしたい、というのが文科省の立場ですね。
 それはいいのですが、実際に測った値を見て驚いたのは、校庭の線量が高いんですね。3月15~16日に降った雨の影響だと思います。建物があれば屋上や側壁にくっつく分がありますが、校庭はすべてを地面が受け皿になってしまった。文科省が20mSv/年に達するとして想定した3.8μSvを上回る所もありますね。
 限度を半分の10mSv/年にすればかなりの数の、従来の1mSv/年にすればほとんどの学校が対象になってしまい、学校が再開できなくなってしまう、ということで、20mSv/年としたのでしょう。文科省はとても急いでいて、早く原子力安全委員会のお墨付きをちょうだい、という感じでした。
 私は、原子力安全委員会がこの文科省の方針を認める判断をするプロセスには関わっていないので、どのようにして決められたのかは分かりません。ただ、決めてしまったからには、この線量を少しでも下げる努力をすることです。被曝を少なくするためには、高い所から優先的に対応をとっていく。校庭であれば、表土を削ぐくらいはやるべきでしょう。
 ICRPの参考レベルは、取り返しのつかない事故が起きてしまった時に、どのように対応するかを考え、そして最終的には元のようにするべくがんばるためためのコンセプトなんです。少しでも汚染があれば人が住めない、というものではないし、そこを離れるには多くのデメリットがあるという人が多いでしょう。なので、まずは20mSv/年を越えそうな人がいれば越えないように努め、1~20mSv/年の範囲の中でできるだけ低いところを参考レベルに設定して、人々の被曝線量がそれより低いレベルになるよう改善を図っていく。
 3月21日にICRPが出した声明も、日本政府に対して、許容線量を20mSv/年に引き上げろと言ったわけではありません。ICRPの勧告では、できるだけlower part(低いところ)を目指せと言っています。1~20mSv/年の範囲で、どこを参考レベルに設定するかは、まさに政府の判断です。
 今までは1mSv/年が安全か不安全かの境だと思っている住民に、いきなり20mSv/年を上限に設定したら、相当混乱するでしょう。特に、子どもに関して、飯舘村で計画的避難の指標として出した20mSv/年としたら、「とても受け入れられないでしょう」と申し上げた。ただ、ではいくらならよいか、と言われると、これは難しい。5mSv/年とか10mSv/年とか数字を言うのは簡単ですが、その根拠を科学的に説明するのは難しいんです。
 ただ、こうした問題を考える時、人々に「受け入れられる」というのはとても大切です。
 「これ以上だったら絶対に受け入れられない」というレベルと、「これ以下だったら何のためらいもなく受け入れる」というレベルの間には、グレーゾーンとも言うべき「ある程度がまんする」という領域があります。被曝に関して言うと、100mSv/年以上は絶対に受け入れられないし、1mSv/年以下ならすんなり受け入れられますね。その間の領域でもがまんしてください、と言うことになるわけです。
 ここで用いられるのが、「リスクとベネフィット(利益)」という考えです。人は何らかの利益があると思うから、がまんするんです。リスクよりベネフィットが大きければ、がまんしようと思える。
 たとえば、レントゲンやCTなどの医療放射線は、ガンを発見する、というリスク以上の利益がある場合などを言います。そういう利益があるから、放射線を浴びることのリスクもがまんできる。事故が起きた当初、食べ物の放射線レベルをCTスキャンと比べて発表していましたが、あれは適切ではありません。今回の事故による放射能汚染は、誰にもベネフィットはありませんから。
 特に、福島の住民の場合、何のベネフィットもありません。利益ではなく、不利益をどうしたら減らせるか、という問題です。例えば、多くの人は仕事などもあるし、簡単に引っ越すわけにはいかない。そういう場合、そこに住み続けることの方が不利益が少ない。あるいは、牛をたくさん飼っている人が、避難すればその牛を安い価格で売らなければならなかったりして、そのためにコストが生じる。それを回避するために、(将来ガンを発症する可能性がないとは言い切れないなどの)リスクを甘んじて受ける、という判断もあるでしょう。子どもの場合は、「学校に行かれなかった時の不利益」や「転校する時の不利益」がありますね。そういう不利益とリスクとのバランスの中で、住民はそこに住み続ける判断するわけです。
 とは言っても、本当はそれを言うのは、すごく酷なことなんです。だって、今回の事故では、何の罪もない人が汚染で影響を受けているわけですから。住民は、「私たちは事故に責任はもない。早く元の状況に戻して欲しい」と思っているでしょう。それは当然なんです。そういう人たちに、普段より大きいリスクを示して、「この程度までだったら許容できるはず」と言うことなんですね。
 でも、実際に取り返しのつかない状況が生じている。それでも、元の場所で暮らすメリット、移転の不便さなどを考えれば、リスクの部分は補償をしてもらおうということで、多くの人がそこに住み続けるわけです。
 だから、せめて被曝ができるだけ低いレベルになるよう、住民の協力も得ながら、精一杯改善を図らなければなりません。子どもについては、校庭の表土を取り除いたり、ドロ遊びをして土が口に入ってしまった、などということがないように気をつける。校庭で遊んだ後、土やほこりが衣服についたまま教室に入って部屋の空気を汚染したりしないように防ぐ。
 子どもだけではありません。そこにはたくさんの人が生活しています。「この辺りは線量が高いのでできるだけ通らないようにしましょう」「しばらくは家庭菜園はやめておきましょう」という情報をこまめに提供して、住民と納得づくで対策を話し合っていくことが大事です。住民が自分の生活を管理していくことも大事なので、こういうことはお上が勝手に決めるのではなく、stakeholder(利害関係人)が参加し、関与し、納得するというプロセスが大切です。ICRPも、stakeholderの関与ということを盛んに言っています。
 今回の問題では、県の教育委員会に関与させたのでしょうかが、政府と教育委員会だけがstakeholderなのかな、という気はします。本当は、最大のstakeholderは学校に通う生徒のでしょうし…。

 (「当局には、ふだんの20倍もの高い値を子どもに適用し、リスクを強いているという認識が感じられないのだが」という私の問いに)日本では医療被曝の多さが問題になっています。それに比べれば「10ミリや20ミリくらい平気でしょ」「20ミリくらい浴びても大したことはない」という感覚が、本音のところにあるんじゃないでしょうか。今は原発の事故も収まっていない状況だから、ということもよく言われますが、「火事場だから」というだけでは分かりにくいですね。そういう時でも、住民にはよく説明して、お互いのネゴシエーションの中で対策を決めていく、というのが必要です。

 (「政府に判断についての説明を求めても、『原子力安全委員会の助言』『原子力安全委員会の助言』と繰り返すばかりだが」という問いに)すべての責任を原子力安全委員会に負わせている感じがしますね。原子力委員会には決定権限はないわけで、1~20mSv/年の中でどこに設定するか、といった事柄は、まさに国がdecision make(意思決定)すべき問題です。今の状況は、責任あるところが責任あるメッセージを出していない、と思えてなりません。

 (文責・江川)

 

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